この曲を聴け!
The X Factor / IRON MAIDEN
絶叫者ヨハネ ★★ (2005-11-19 18:25:00)
みなさんに大人気(笑)のX Factorです。書くことがいろいろあるので、二段構成にします。
いきなり結論を言いますが、もし今これをご覧になっているあなたが本当に心からIron Meidenの音楽を愛しているなら迷うことはありません。ぜひともこのアルバムを購入しましょう。これまでにない曲の渋さと深遠な世界観に打たれると思います。しかし、もしあなたがMaidenファンというより一般的なHM/HRファン、もしくは、速くて激しくてカッコよくてメロディアスで泣きながら頭を振れる音楽が好き好きでどうしようもないという方なら、悪いことはいいません、買うのはおやめなさい。「世間的には問題作扱いでも、聴いてみれば意外と……」などと、うがった期待をしてはいけません。後悔します。これはディープなMeidenファン向けの非常にマニアックな作品です。逆にこれを余裕で楽しめるなら、他のアルバムもだいたいOKでしょう。ある意味、これを楽しめるか否かで、その人がMeiden向きの体質かどうかが判定できるリトマス試験紙的アルバムです。
基本的には出来の悪いアルバムではなく、曲のクオリティーの点で特に劣っているというわけではありません。このアルバムにしかない、独特の味わいというのも存在します。聴きようによっては名作といえるかもしれません。が、全体の方向性がどうにも一般受けしづらいのと、作品の完成度という点から見ると重大な欠陥があるのは事実です。主要な問題をあげると、ご存知われらのブレイズ・ベイリーのVo、録音傾向からくる全体の音像、楽曲の方向性、やばいジャケットの四つです。いまさら……、という気もしますがとりあえず問題点を指摘して、なぜこの作品がこうも一般受けしないのか明らかにしてみましょう。
まずはいまやすっかり過去の人になった感のあるブレイズのVoについて。私としては彼のロック・シンガーとしてのセンスと力量を疑う気はありません。しかし、やはりIron MaidenのVoとしては不適格だったと思いますし、彼を後任のヴォーカリストとして選んだバンド(というかスティーヴ・ハリス)はどうも判断を誤ったように思われます。
彼はいまだに音痴とののしられがちですが、私としては上手いとはいえないまでも、そんなに下手だったとは思いません。Piece of MindやLive After Deathの頃のブルースとは、案外いい勝負だったかもしれません。驚くほど上手くなった最近はともかく、昔のブルースは案外ヘタだった気がします(他の一流どころと比べれば、の話ですが)。ライヴでもミスが多いシンガーとして有名だったそうですし。(もっともミスをあたかも歌唱上の演出であるかのように見せかけるテクニックでは達人級だったそうですが)。しかし問題は歌の上手い下手ではなく、声質と唱法にあります。
ブレイズの声質は、太くパワフルで適度に粗い感じ、といえば聞こえはいいのですが、別の言い方をすれば、まるで泥だらけのダイコンやゴボウのような感じです。いかにも田舎臭く、はっきりいって「ダサい」感じの声です。こういった音声は、古典的で格調高いIron Maidenの楽曲にはあまりにもミスマッチです。ブルースの声が時に濁りつつも金属的な照り返しをもった残響感というか、ヴェルヴェットのような光沢と品格ある鋭さを失わなかったのとは大違いです。ブレイズの声は響きません。加えて彼の唱法は一語一語に力をこめて投げ放つような短くいきむ感じのスタイルで、メロディを高らかに歌い上げるものではなく、音を伸ばしません。しかしブルース時代のMeidenの楽曲は曲のハイライトで「ずぃっいーぼぅざぁっ、めんどぅ!!おーなぁのぉぉーーのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーー ×4」とか「ふぅぃあおーざだぁぁー、ふぅぃあおーざだぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああーーーーーっっ」という具合に、「ぁ」や「ぉ」や「ー」の多い長音のメロディが激しく連呼されるのが基本です。が、これは唱法の都合上ブレイズが真似するのはほとんど不可能です。おまけにブレイズの声は反響が悪く、語尾を伸ばしてもきれいには響きません。したがってブルース時代のMeidenを聞きなれている耳にはサビの盛り上がりがどうしても弱く、地味な感じに聞こえてしまいます。
加えて声音の表現のヴァリエーションが狭く(ほとんど一色)、ひたすら直線的に歌うことしかできず、声を使い分けて楽曲の世界観を巧みに表現することができません。この方面では前任者がそれこそHM界屈指と言える才覚をもっていたのに比べると、この落差があまりに大きいです。
一言でいえば、従来のMeidenの曲にはブレイズが本来の実力を発揮できるような場がもともと用意されていないのです。VoはVoで楽曲の魅力を引きだすどころか逆に損なってしまい、他方曲は曲でブレイズ本来の持ち味を発揮出来ないような無理の歌唱を彼に強いるという、実に悲劇的な組み合わせです。
さらにVo以上に重大な欠点があるのは録音の傾向と全体の音像です。楽器の音の間にすき間が多い、という前作で現れた病状が今作では一段と悪化してしまったようです。Voも含めて各楽器の音がひどく分離して聞こえます。録音に対する楽器の音量レベル(聴覚上の空間に占める楽器の音の面積の割合)が異常に低いです。加えて厚みのまったくない、まるでシールを貼り合わせたようなペラペラした音像が楽曲から迫力を抜き去ってしまっています。Gtの音がやけに細いうえ、奥へ下がり気味でまるで蚊が飛んでいるかのような量感に乏しい音で、曲の土台に添え物としてつけ加えられたかのような扱いですHM/HRまたはロックとしても、これはあまりにパワー不足の感が否めません。
次に楽曲ですが、このアルバムは彼らの歴代作の中でも、あのSeventh Son〰とならんでもっともHMから離れた曲想になっています。Seventh Son〰がきわめてソフトな音でありながらバンドを代表する傑作となりえたのはひとえに楽曲の完成度と高いポップセンスのおかげでした。それまでのMeidenになじんでいた人々にもさほど違和感を覚えさせることなく聴かせることができました。しかし本作の志向はバリバリの内省系プログレロックです。何曲かの例外を除いて、とにかく暗く、地味な曲ばかりで、一聴してすぐノレるようなわかりやすさに欠いています。速くてメロディアスな曲を期待する人なら失望間違いなしの、ミドル〰スローテンポの曲が大半を占めます。しかも曲調が似通っており、リフ主導ではなく大きくバウンドするリズムが主導のすき間の多い曲がメインです。通しで聴いてもHM的な高揚感を覚えるような部分が、特に後半ではほとんどありません。「頭を振れない!」、「拳を振り上げられない!」、「飛び跳ねられない!」、つまり典型的なHMの楽しみ方がまったくできない、非常に無愛想なサウンドになっています。
最後にジャケットですが、これは説明不要でしょう。インパクトこそあるものの……、痛い、醜い、気持ち悪いと三拍子そろった最悪なジャケットです……。これをジーっと眺めていると気分が悪くなってきます。
と、ここまで書けば、この作品の評判が非常によろしくない理由は十分でしょう。
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